座-学 The ‘学’

Port Design & Tsuyamaにて、哲学カフェ企画が行われました。主催はyokoyama菊池の森内勇貴さん。早稲田大学の人間科学部に学ばれ、独学で哲学や思想を修めた方です。以前から温められていた企画ですが、本日、実現して嬉しい限りです。

構造構成主義

13:00スタート。参加者は10名ほど。急な開催にもかかわらず、ホームページの情報をもとに来てくださった方もいました。あとは丹後山アパートメントのメンバーが多数参加。

まず、主催の森内さんから会のルールが説明されます。①参加者の発言は尊重されること。②参加者の立場は公平であること。③バカの壁を解消すること。バカの壁は養老孟司さんの本からですが、要するに知ったかぶって自分と無関係としないこと。参加者に偏見なく話し合ってもらうことを呼びかけました。

今回のテーマは構造構成主義。森内さんの母校である早稲田大学の大学院で生まれた学問です。それまで、学問は文学なら文学、物理学なら物理学と、固有の学問がそれぞれの領域で研究をしていましたが、近年では領域を超えて問題解決を試みています。

しかし森内さんが見てきたのは、各学部の教授が主張してばかりでまったく話し合いにならない現場。話し合いをやってくうちに、口喧嘩が嫌になって発言を控えるようになっていったそうです。森内さんはそれを見てニーチェの虚無主義を思い浮かべてました。これではなにも進まない–−。

そもそも哲学はギリシャ時代、ポリス(都市国家)の争いを平定するために生まれた学問。今で言うと、プラトンは東京と大阪の言い争いにストップをかけたかったのです。うどんは薄味とか、たこ焼きを家でつくるとか、そういう文学の違いをこえてどう理解していくか。そのツールとして哲学は有効なのです。

さんまか、しのぶか

関心相関性とは、存在、意味、価値を踏まえてどう捉えていくか。例えば灰皿は喫煙者にとっては必要な道具だけど、ある人からすると腹が立って人を殺すときの凶器になりうるかもしれない。コンビニのレシートも、詩人にとっては大切なテーマになり得る。

事柄やモノは解釈によって価値がかわる。フッサールが唱えた現象学では、絶対的な価値がないことをエポケーといいます。このエポケーに基づいて、「明石家さんまが冷蔵庫にとっておいたプリンを大竹しのぶが勝手に食べて離婚した」という問題を考えていきましょう。

さんまは冷蔵庫にとっておいた自分のプリンを勝手にしのぶに食べられた。しかし、しのぶの立場からするとそれはさんまではなく家族全員のものと解釈していたかもしれません。また、さんまがそのプリンを食べないでと一言言っておけば結果は違っていたかもしれない。こうやって、立場を変えて考えていきます。

参加者の一人が、さいきん職場で、今と違う部署に移るよう会社側から通達されました。参加者は今の部署がすきで、これを嫌がっています。これをエポケーしてみますと、

①人員不足など、なにか問題があるから部署移動を命じた。(共通理解)

②紙切れ一枚ではなく、会社側も参加者と事前に話し合うなど、方法はなかったか。

③両者の問題を解決するのに、どうしたらいいか。障壁はなにか。

という風に考えていきました。各々が抱えている悩みや問題を哲学というツールで解決できそうです。

森内さんは高校時代、当時の友達に悩みを相談され、それが答えられずにいたことが引っかかっていて、哲学を志したそうです。この講座もそういう想いからスタートしました。

哲学は高尚な学問ではなく、みんなで問題を解決する糸口になりそうです。

初回ということもあって、参加者の緊張しており、うまく話し合いが進まない場面もありましたが、回を重ねて、よい話し合いになっていくことを期待します。

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