湘南移住記 第十話 「珈琲の実践 その2」

バルザックは夜のように黒い珈琲に魅入られた。こと仕事となると、さらに奥深さに魅了されてしまう。歴史に珈琲が登場して以来、一体何人の人が珈琲を飲んできたのだろう。ひとつ言えることは、人と人とつなぐ不思議な力が珈琲にはある。カウンターの奥から、珈琲が物語を作る様をまざまざと見せつけられた。

器を育てる

2019年7月3日にhatis 360°はオープン。最初のお客さんはりょうさん。気がついたら最初はコップとか皿がなくて紙コップで出した。テイクアウトで出そうと思っていた。が、どうも味気がない。そこで思い出したのは柵原に住む作家の堂下さんの器。堂下さんは京都で修行されて風ノ窯という名前で器を作っている。UFOみたいな形の白い器を珈琲茶碗として使っていた。PORTでもアイスコーヒーのカップとして使われている。これでいこう。

ただ、この器には取っ手がない。試しに出してみると「熱い」と言われた。堂下さんに直接相談してみたらつけることは可能と言われた。これはいい。時間はかかるがお金を貯めて頼むことにした。ところがある日、PORTで共に働いていた哲学家の森内さんが開店祝いにと取っ手つきの器を5脚、持ってきてくれた。

森内さんの奥さんであるゆっこさんに堂下さんの器を使いたいと話していて、わざわざ注文して作って下さったのだ。ありがたい。森内さんにお礼の連絡をすると、「ゆっくり器を育ててやってください」と言葉を頂いた。この言葉は自分の中ですごく残っている。大量生産のものと違い、人の手が通った器はひとつひとつ違う。また、お客さんに使い続けてもらうことで器も成長していく。まずこの器に見合う珈琲を作ることが最初のミッションとなった。私の人間としての器を広げていくことにもなる。ゆっくり成長していくということは、吉井川の川底の石のように時間をかけて磨かれていくと同じようなこと。この5脚には森内さんの想いが籠っている。この内、3脚割れてしまって、ゆっこさんに修理をお願いした。私が新しく堂下さんに頼むこともできるが、森内さんに贈って頂いたこの5脚に想い入れがある。神奈川で新しい店で珈琲を出すことになっても、この5脚でスタートさせたい。この器に育ててもらった。この器に見合う珈琲をつくる。

受け入れられない酸味

最初は浅煎りの珈琲を目指した。いまにして思えば珈琲の風味も今より把握していなくてとにかく体当たりでやっていた。バンコクさんで仕入れるコロンビアとグアテマラを中心に焼く。生豆にも焼きやすさがあるのだが、そういうこともわからず焼く。常連さんには美味しいと言ってもらってたが、一見さんにどう感じてもらっていたか。もちろん、この時はまだ焼きムラも酷かったりで形は成していなかったように思う。

お茶のような珈琲をお出しした。グアテマラはエチオピアのような華やかさはないがフワッとスッキリ飲める風味だったので、気に入って出していた。自分がうめえだろうと感じる物を出していた。ところが、酸味を出しすぎるとそれだけで拒否反応が出てしまう。今なら火入れの温度によって酸味を「まるっこく」する技を身につけたのだが、当時は全面に出しすぎていた。特にスペシャリティコーヒークラスの豆を出すと酸味が尖りすぎているため、飲み慣れていない津山のお客さんは戸惑っていた。

苦みにしろ甘みにしろ酸味のにしろ、一つの風味が際立ちすぎるとダメで、言い換えるとその豆のストロングポイントを全面に出しすぎないことが大切だと気づいた。例えば町内で理論派で通っている青年がいるとして、町内会の活動で理論だけで押し通してはいけないわけだ。町内には感覚派のおっさんもいるだろうし、理論だけでは反発を買ってしまう。ストロングポイントを大事にしつつもそこだけに頼らない。珈琲の酸味から学んだのはそこだった。

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