湘南移住記 第二十一話 「満月のあとに」

満月の夜。派遣の仕事がもう終わる。土曜日の夜、女将と奈義町の中華料理屋「ちゅ〜」にディナーに行く約束をした。待ち合わせは津山口のブックオフで。店内で、吉本ばななの『「違うことをしないこと』を見つけた。出た当時からなぜか気になっていた。丹後山のなるちゃんもこの本について言っていた。しかしなぜか買わなかった。お金がもったいなかったのだろうか。それは、お金に目が眩んでいることになるのでやめたほうがいい。本来の自分にあったことをしない、という内容だろうけど、自分がそういう選択を多くしてしまってきたので恐くなったのかもしれない。

ところが読んでみると、人間はどうしてもそういうことをやってしまいがちです。だからそういうことをやめていきましょうという書き方だった。やさしい。自分にあったことをしない、逆説的に言えば、自分をやりたいことをする。というわけでもなかった。ただそういう自分に合った選択をしていきましょうと。

実は今の派遣も行きたくはなかった。初日からなんか空気が良くないと感じた。12月にいったおせち工場はなんとなく良かったが。合う合わないはあるんだろう。津山で短期の仕事がある分だけ感謝だったが、行きたくはなかった。実際やってみるとおせち工場の数倍は疲れ、ストレスは溜まっていた。途中、女将に今たまっているお金でMacBook買ってホームページつくってお金作りなよと、言われたがいやいや引っ越し代を確実に稼がなあかんやんと突っぱねてしまった。が、そうすればよかったと思うようになってきた。楽しいと思うことはなくはなかったが、お金だけのために働くのは良くない。

本の中で宇宙マッサージをしている人の対談があって、それが1番参考になった。宇宙はコンピュータと一緒で、こうしたい、こうありたいと入力すれば結果が返ってくる。だからこう在りたいという初期設定をつくることが大事と書いてあった。

なんかふと勤務中に考えたことがある。いままでって結局人の評価ばかり頼りにしていたのではないか。両親に褒められようとすることがねづいていて、自分の価値観を作ることを疎かにしていた。実際、本の中にも私たちはそう教育されてきたと記されてある。自分が何が好きか、意思さえ持たないように。今の生き方と根本に根付いた価値観がぶつかって今まで苦しかったにではないか。

根本にある価値観を思い切って手放す。心許なくはなるが一時期的なこと。考えると、両親世代はいかに管理しやすくなるか人間を重視していたので比較とかされやすかったのだと思う。私たちは、自分はこう、という生き方をそれぞれがして認め合う世界に生きている。私も段々とそうなりつつある。

俯瞰すると楽になってきた。子供の頃に仲良くして欲しかった人とか思い出したが、結局周波数が違っていたということだ。津山に戻ってきて、会う人とは会うが会わない人とは会わなかったし、会っていても会わなくなる。

よく会っていたが、会わなくなった中学からの友人を思い出した。彼が結婚を機に岡山に引っ越すことになった時、私は住む場所を心地よさで選ぶと話したが彼は同意しなかった。私からみると彼は自分で選んで結婚という選択肢をしていなかったし、奥さんの言いなりになっているようであった。私が自分なりの道を切り拓こうと店を始めようとしていたとき。結局、引っ越してから彼からの連絡は途絶えた。道が分かれたんだろう。

人生ってそういう出会いと別れの繰り返しで、その中でブラッシュアップされていくものだと思う。

移住を機に、自分がどうありたいかの初期設定を大幅に変えることにした。少なくとも不必要な部分はデリートしなければならない。この日誌で書き換えを行なっていくことにします。

やすき料理

アルネに買い物に行く。日曜日は女将がバイトなので、大概は私が昼飯をつくる。このごろ、従来していた自分の味付けからの脱却を模索している。いままでは揚げ焼き中心の油ぎとぎと料理が多かったが、さっぱりでオリエンタルな料理を目指している。この日作ったのは和え麺。太麺をゆでて玉ねぎのみじん切り、アボガド、茹でた鶏胸肉にピーナッツバターソースを頂く。ピーナッツバターソースは愛知県岡崎市に帰った楓ちゃんに教えてもらったものだ。甘くないピーナッツバターに醤油を混ぜるだけ。甘くないピーナッツバターはオーガニックで高いものしかないと思っていたが、マルイに300円くらいのうまくて甘くないピーナッツバターがあったのでそれにした。女将がペロリと平らげてくれたしうまかった。こんぶ酢を混ざるとさっぱりする。

一時期やすき料理を作ろうととしたことがある。日本料理、中華料理、フレンチなど世界に種々あるが、やすき料理を独創すれば楽しいのではないかと考えた。人生が終わるまでに幾度となく料理をする。なにか目指すものがあればいいのかもしれない。

高校生のころ、なんとなく漫画家を目指していて一生懸命に絵を描いていたが漫画家になることはなかった。いまにして思えば、スタイルができあがればよかった。ヘタでもスタイルを持っている人は仕事になっている。当時は描きたいものが何かわからなかった。

自分がどうなりたいのだろう。どういう絵を描きたいんだろう。どういう料理を作りたいんだろう。漫画家を志せど、よくわからなかった、絵が上手くなりたかったが、漫画を描くにしても絵が上手くなる必要さえなかった。なんかどうも食い違っていた。

まず、全ての根本として、自分がどう在りたいか、今一度書き換えてみる。書き換えてどう出力が変わっていくのか。実験です。

まず、素直であること。自分に正直であること。これが大前提な気がする。心の声に耳を澄まして、瞬間瞬間に立ち会う。心あらずではなく、心を込めて瞬間を過ごす。日々の情味を味わう。ノイズがなくなって、夕日が美しいと感じる。

仕事はクリエイティブで、会社勤めではなく自分が立ち上げる。それが性に合っている。つくる、と、つなげる。メディアをつくる。いままで焦点が当たらなかった人にスポットを当てる。ものづくりの人とか。自分のことを知っていてほしい人もたくさんいる。その人が作ったものを売ることは、人と人とを繋げること。自分がいいと社会に対して思えることを楽しんでやる。

具体的に落とし込むと、ECやセレクトショップだろうか。なにか、大きなプラットフォームを作りたい。作り手と書いてを繋ぐ。システムをつくる。

自分の仕事で地域や社会に投げかける。時代を動かすということ。それで、大量生産の時代は終わり。戦争を基盤とする経済時代は終焉を迎える。

これでいいや、といい加減な100円ショップのグラスより、一生使えるうつわを使ってもらう。家具とか道具とか。

住む場所は複数つくる。これから日本は人口減少社会を迎える。自然、空き家も多くなる。過疎地域でなくとも地方は疲弊している。みんながいろんな場所を行き来できる生き方になれば解消できるのではないか。テレワーク社会になれば実現可能だ。使える場所が増えれば、みんなやりたいことが実現しやすくなる。

Donutsも、もっとデザインを綺麗にして紙媒体みたいな雑誌にする。面白い人にインタビュー。YouTubeの番組と連携して、今起こっていることと人を繋いでいく。音楽やカルチャーの記事も増やして、たくさんの人を巻き込んでいく。音楽とか調べてもレコ屋の情報しかないんだよなあ。日本のpitchforkみたいなサイトつくろか。

住むとこは多拠点生活。住むたいときに住みたいとこに住む。拠点をつくろたいとこは鎌倉、湘南、神戸、尾道、福岡、牛窓。津山も何かあればなー。

どう生きたいか、どう在りたいか。自由で、自分に誠実に。他人の意見に左右されず、自分軸をしっかりともつ。服もしっかり選ぶ。生活を丁寧にする。1日1日を一生懸命大切に。既存の常識や価値観は手放す。執着も一切手放す。変化を楽しむ。感謝。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。