湘南移住期 第二十八話 「報国寺」

白くうっすらとしたカーテンがどこまでも続いているような道だった。

鶴岡八幡宮の突き当たりから右側に、横浜の金沢文庫までつながる国道204号線がある。ゆるやかな山側の途中には浄明寺や鎌倉霊園があるが、観光目的ではあまり出歩かない住宅地の方面だ。鎌倉駅から浄明寺行きのバスが出ていたが、後で気づいた。

進むに連れ、澄んだ空気の濃度があがる。ヴェネチアのアンビエントアートティスト、ジジ・マシンがつくる曲のような空気感。〈Music For Memory〉から出ている編集盤より、彼のオリジナルアルバムが好きなのだが、『Wind』という曲のイマジネーションに似ている。風はそよいでないが、どこまでも透明だった。淡々とした鎌倉の日常を垣間見る。

すごいとこまできたものだ、いい道だ

「すごいとこに来たね」

女将がそういう。いままで見かけた人は観光客でなく地元の人が多かったろう。観察してみると、鎌倉の人は衣食住のうち、住にとても比重を置いているといる。服屋さんは見かけなかったが、暮らしを大切にしている家が多い。お金を家にかけてるのだと思う。

大きくのびた庭の木を、伐採せずそのままにしている家を、いくつか見かけた。そのままにすると壁を突き抜けてしまうのだが、むしろ壁を取り壊して樹木を赴くままにさせていた。自然との共生の仕方が優しくて独特だった。日常の風景を重んじている。

道の左側に立派な校舎が見えた。何の校舎だろうね、と女将と話す。調べてみると、鎌倉女子大学の二階堂学舎だった。

ここの学生たちは、幸せな大学生活を送るのだろう。鎌倉で時間を過ごせることは、とても幸福だ。私は神戸で学生生活を過ごした。あまり行きたくない大学で、浪人して関関同立を目指したかったが、両親は許してくれなかった。その頃は偏った学歴の考えを持っていたので、悩んでいた。悩んだ末、二回生の時、本気でもう一度受験をしようとして親に電話しかけたが、辞めた。それが人生に大きく影響するだろうなと直感した。

その後、ヒップホップの音楽活動を始め、自分の人生においてかけがえのない経験と仲間を得た。偏重した考えは自分の自信に影響したが、それはもう自分自身の問題だ。その後の生き方に学歴は関係なかったし、手放した方が良かった。歪んでいたと思う。地元の進学校から立命館へ行った父の影響もあった。あの時の選択をこれからいいものにしていけばいい。今のところ、大学を辞めなかった選択は、すごいところに連れてきてくれている。

今やっと、自分の意思で道を決めることが出来ている。

鎌倉女子大学は、弁護士でもあった松本生太が1943年、前身となる学校を横浜市に設立し、のちに鎌倉へ移る。ちなみに、松本生太は岡山の生まれだ。岡山と鎌倉の縁を一つ見つけた。

鎌倉と横浜は近い。この道をずっと進むと、十二ヶ所を越えたところに横浜–横須賀間のインターチェンジがある。鎌倉霊園のすぐ近くに横浜霊園があったりしておもしろい。ひとまとめにしないんだ。

物件を検索していると、横浜でも安いとこがある。厳密に言うと、平均価は高いのだが、数が多すぎて安い物件もあるということだ。この道の先の金沢区は逗子にも鎌倉にも近い。仕事が横浜になるとしたら、便利は便利だ。どうせなら保土ヶ谷区とか神奈川区とか、横浜駅の近くがいいかなあ。

延々と続く鎌倉の住宅を楽しみながらあるく。住宅地を流れる大きな水路に、鯉が数匹いるのを女将が見つけた。中には、金色の鯉もいた。鯉を見て、津山の衆楽園を思い出した。京都御苑内にある仙洞御所を模した、名勝指定の庭園である。幼少の頃、たまに連れて行ってもらっていた。湖に鯉がいて、300円くらいのスティックタイプの麩をあげるのが楽しみだった。ぱくぱく、と鯉が口を開けて麩を食べる。その様子をいつまでも見入っていた。

このエリアでは、住宅を改装して一階を飲食店にしている場所が多く見受けられた。鎌倉の店舗家賃はかなり高いので、家を店にする工夫をしているようだ。鎌倉に住むのであれば、私もそうしたい。国道から、南の山側の細い路地に行くと、金魚の栖という喫茶店があった。江戸時代からありそうな、古い門のある家にある。赤いコーヒーカップの看板が目印。

残念ながらオープンはしていなかった。が、ステキな店なんだろうな。次来た時に、足を運んでみよう。

整えられた

報国寺に到着した。妙本寺に比べるとメジャーらしく、インスタ映えを求めてきた若者のグループと出入り口ですれ違った。境内にも5、6人の小学生が見回っている。引率の先生らしき大人の話を聞いていた。その子供たちが地元なのか、旅行で遠方から来ているのかは判断がつかなかった。3月なので、修学旅行ということはないか。

かなり綺麗な庭園だった。水墨画のモティーフになりそうな竹林、ソテツ、チョコレートガナッシュのような石畳。慈しむように笑う白い仏像。アルイカイックスマイルというやつか。不思議な存在感がある。どこを切り取っても絵になる、整えられた庭園。小雨の朝に、よくマッチしていた。

このあと、浄明寺に行ってみたが有料だったので参拝しなかった。この有料無料の違いはなんなのだろう?京都にも参拝が有料の寺が多いと聞くが。この前行った、神戸の太山寺も有料だった。浄明寺は敷地内に住宅があったり、幼稚園があったのかな?変わった寺だった。行きがけの人に道を尋ねたら、石窯のピザがある店を薦められた。行かなかった。

途中、うつわを扱っている雑貨屋に入り、女将にイルカのスプーンを買ってあげた。お茶碗が欲しくなった。寄り道をしつつも、また来た道を戻って、鎌倉の街中へ。

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