湘南移住記 第四十二話 「視察⑤」

西海岸線と呼ばれる道路を、油壺マリーナ方面へ歩いていく。海も空も晴れ渡っている。三浦は鎌倉よりも逗子よりも時間の流れがスロウだった。津山の空気にどことなく似ている。Teebsのビートのように、どこか時空が歪んでいるかのようでもあった。

ここに住むとなれば、女将も私も猫もはじめて海の近くに住むことになる。神戸時代も、私は阪急沿線で山側に住んでいたので、海が遠かった。神戸の海は工業地帯に臨む小さな海ばかりだった。

東京から、多くの人が神奈川に流れて来ている。リモートワークが定着し、東京にたまに出勤するだけでいいので、便利のいい藤沢や鎌倉が人気だ。三浦市も移住者はいるだろうが、なにぶん東京までの通勤が大変な気がする。

このコロナ渦に、地方から関東に移り住むという私たちの行動は、時代に逆行しているようだ。この間の美咲町のイベントでも、東京から岡山に移住する人の話は聞いたし、これからも増えていくだろう。ひさびさに会った店の常連さんに近況を話すと、わざわざコロナの感染者が増えている関東に行かなくとも…と言われたりもした。社会の大きな変化と、自分の環境と内面に関する重大な変化がリンクしているのは、面白い。

グーグルマップで見ると、行こうと思っていた三崎港方面からは遠ざかっていたので、引き返す。道の途中、釣り人の集団が三崎港方面に向かっているので、ついていった。津山でもあんまり見かけないような、イカツい人もいた。透けるような太陽と海風に貫かれながら、街中まで歩いた。緊急事態宣言がなんだろうが、人間は釣りをするものらしい。

三崎港

10分ほど歩くと三崎港が見えて来た。2月に決まりかけていた物件を見つけた。不動産屋のやりとりで不安感を覚え、契約金を振り込んだものの、契約自体を辞めにした物件である。ディープブルーの背の高い建物で、ここに来て数時間の私でも、三浦には似つかわしくないようなマンションだとわかった。ここに住んだら、お金のことしか考えなくなるだろう。リモートでの内見が主流になっているようだが、実際に来てみないとわからないこともある。

三崎港に、山の駅ならぬ海の駅という施設があり、トイレに行きがてら寄った。東京あたりから来ているのだろうか、施設の周辺には若者がいた。海の駅の中は市場のようになっていて、三崎港で採れたであろうマグロが並んでいる。チラッと商品に目にやると、店主のおばあちゃんに口早に捲し立てられる。

「さぁーやすいよ!これはね、マグロの頭の部分で、なかなか売っていないの!希少だよ!」と1900円に横線を引いて、1200円の価格になったマグロの頭を買わされそうになった。ハイエナにたかられたような気分だ。お手洗いはどこですかと言ってかわした。

藤沢駅の地下の魚屋でも見たが、魚屋さんはなぜ、急かすように商品を売るのだろう。珈琲の叩き売りというのはなかなかない。思うに、商品の足が早いと、早く売る必要があるので、急かすようになるのではないか。肉は、熟成させる余地があるので叩き売る必要がない。同じ理屈で、果物は早く売らなければならない。バナナの叩き売りなんかがそうであろう。

少し進んで、先程の〈OMOYA〉さんで教えてもらった朝食屋さん、〈あるべ〉に向かったが、閉まっていた。ここでは、移住の相談を受付ているらしい。店の入口には、トライアルキッチンを行っている様子が見てとれた。曜日ごとに違う店がメニューを出しているとのこと。ここで最初、出店をやらせてもらえないだろうか。

あるべを後にすると、商店街が見えた。個人の小さな書店があった。津山駅前にもスワロー書店という小さな書店があったが、隣の吉野館の火事でなくなってしまった。店主の津田さんは、亡くなった私の父と友達で、父の葬式にも顔を出してくれた。こういう、昔ながらの店が残っている。

小腹が減ったかなあ、と思い店のメニューを見てみるが、どこも高い。観光地だからだろうか。1200円以上はする。安価なまぐろコロッケ、300円と見えた。すると、「なんとかの店です!寄っていってね!」と店の奥から大きな呼び込みの声が響いた。あまりの声の勢いに驚いて店を通過してしまった。私が通過したあとも、若い女性2人組に同じようにアグレッシブな声で呼び込みをしていた。その様が、どこか悲痛だった。

コロナ渦で観光客が減り、大変なのかもしれない。しかし、三崎港の商魂たくましさより、先程の海岸のスロウさが私には会っていた。同じ街でも、区域によって人の様子が違うようだ。

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