湘南移住記 第四十四話 「鎌倉の夕暮れ」

乗ったのは、浦賀駅ではなく、JR横須賀駅だった。横須賀を後にする。横須賀駅の自動切符売り場で、中学生くらいの男子3人組が、「お前はやくここいれろよ〜」「どうやって入れるかわかんないよ〜」「あっ、こうやって入れるんだ!」と右往左往している。彼らが切符売り場を独占しているので、切符が買えず、後で待っていたら、3人のうち1人が私に気づいて、「あっ、すいません」と言ってどけてくれた。その感じが良かった。

横須賀から鎌倉までの電車に乗車する。10車両以上はあるが、人はまばらだ。緊急事態宣言下だからだが、東京からの下り線と同じくなにか異様なものがある。斜め向かいの異国の人がアルコールを飲んでいた。車内には、空き缶が落ちているのが目立った。

鎌倉駅に着いた。鎌倉の物件の下見もやめていたので、特に用はないのだが、寄っておこうと思った。猫の手術代のことを考えると、予算が足りなくなるので、鎌倉は半ば諦めていた。だが、鎌倉はどうしても好きで、その理由が説明できないくらいだ。

鎌倉に引き寄せられて

駅から、あてもなく歩く。どこに向かっているわけでもないので、どのエリアを歩いたかさえ覚えていない。目についた路地裏に入っていくと、病院の前で、乳母車をひいたお母さん2人組が世間話をしている。今日が休みなのか、私と同年代の父親が、小さいこどもとサッカーボールの蹴り合いをしている。観光地も少し外れれると、こんな日常がかいまみれた。

当たり前だが、彼らにとって鎌倉は特別な場所ではなく、日々を繰り返す場所だ。ここに生まれて選ぶこともなく暮らしている人もいるだろう。この写真を撮影した地点はインスタ映えも何もないただの路地裏なのだが、なんでもない夕暮れの鎌倉をみて、なんだか泣きそうになってしまった。私の鎌倉に抱いている感情は、ある人を好きになる、ということに近いものなのかもしれない。迂闊に説明できない。

江ノ電の、和田塚駅から腰越駅まで向かった。どちらも、はじめて乗車し、降りる駅。腰越駅を選んだのは、江ノ島の夕焼けを見たいことと、諸々の条件がなければ腰越に住みたかったから。

住宅地の中を突き進む江ノ電の中には、学校帰りの学生で溢れていた。時刻は、午後5時になろうとしている。朝8時に東京に着いてから、今日はずっと歩きっぱなしだ。だが、鎌倉にいると、憑き物の疲れが落ちる。鎌倉の不思議な力。

腰越駅に着いた。街中も気になったが、海側に出た。江ノ島が見える。江ノ島も、どうしても吸い寄せられてしまう。134号線を渡り、砂浜に出る。海を見た。この日の海は荒れていた。男女のカップルが1組いた。鎌倉によくいそうな、お洒落なカップル。お洒落なカップルでも荒れた海側は見たくなるようだ。

コロナ禍の時代になり、緊急事態宣言は取り下げられ、延長されの繰り返しで、国民からは不満は募り、事態は混沌としている。鎌倉も観光客は激減し、多くの飲食店が閉店を余儀なくされている。それでも、日常は繰り返され、カップルが荒れた海を見にくる。そんな中、私は、新しい生活を求め、彷徨っているようでもあった。

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