湘南移住記 第四十八話 「奇跡」

お金がない。口座にあるが引き出せない。時間はある。女将と話す。もう、こうなったら店を開けよう。私は短期のバイトの連絡待ち、女将はこの土日は湘南視察に行く予定だったため、シフトを空けてくれていた。

先週、カレーのテイクアウト限定で店をやった。開けたら誰かが来てくれるので、開けよう。

今、所持金は600円。お米が2キロ、お肉とトマト缶、ヨーグルトが残っている。テイクアウトの容器は、おおはがの出店の残り物がある。カレーが作れる。10人前は仕込もうと息巻いた。生豆も2キロ仕入れたので、抽出して出せる分はある。

土曜日。開店をインスタグラムで告知し。店はまだ片付けの途中なので荒れ荒れ状態だが、座る部分は確保した。シンクはあげてしまったので、洗い物の時に店の床に水がそのまま流れることになるのだが、致し方ない。

昼に以前来てくださった男性が1人と、夜に内藤さんが来てくれた。どちらの方ともよく話したなあ。楽しかった。内藤さんは、呪術廻戦に挑戦したが、読めなかったらしい。

売上は2000円。そのお金で、パスタ1キロ、2斤分くらいある、あんこブレット、カレーの仕込みのための昆布、など買って1500円使った。所持金900円。

私のカレーの仕込みと、女将の焙煎の様子をインスタグラムのライブで中継した。私は2回ほど撮影したが、今回は女将の提案でライブで中継することにした。ライブだと見てくれる人がいるので、緊張して口早になってしまった。画面を横長に撮影したが、インスタグラムは縦にしか対応していない。失敗した。ライブを通じて、たんちゃんという、倉敷に住む友達とひさしぶりに交信できたのは良かった。

次は、女将の撮影。先程の失敗を活かして縦に撮影する。女将のアカウントはフォロワー数が少ないためライブ中の閲覧者がいなかった。動画の内容はアップすればどのタイミングでも観れる。YouTubeと並行していこう。女将の珈琲の説明はわかりやすかった。アップすると、1日で100回以上の閲覧があった。

2日目

日曜日。朝から大量の雨。珈琲が売れて嬉しかったのか、女将は私より早く起きて出勤した。朝ごはんは昨日買ったあんこブレットと珈琲、キャベツと卵の炒め物。ハリー・カリヒキという、ハワイのウクレレ奏者が1960年にリリースしたアルバムの再発。一曲目が剣の舞だった。運動会のリレーでよく鳴る曲。女将によると、元はロシア民謡らしい。

この日、来客数は7人。売上は7100円。津山に移住してきた方、たまたま通りかかった方、常連さん、吉田親子などが来た。カレーは10人分仕込んだつもりが5人分しかなかった。狙った通りの人数分を作れるようにしないといけない。

仕込んだのは、鰹出汁を使った鶏ハラミのカレー。鰹節を買ったのだが、どうも旨味が足りない。つゆなどに使ういわゆる2番だしは、マグロ節、昆布も必要らしかった。昆布は買って、1日漬け込んで、朝、火にかけたのだがそのまま忘れてしまっていて出汁の液体すべてが蒸発してしまった。残った昆布本体にアミノ酸らしきものが残っていたので、干上がった昆布をカレーに入れ加水し煮込んだ。作り方は感覚でなくしっかりYouTubeをみて予習するようにする。

りょうさんや内藤さんによると、私がやろうとしていたスパイスカレーは物珍しく、津山に新しい風を吹き込めていたようだった。単純に嬉しかった。ただ、私の中でまだ完成度が達していない。岡山のオーケーカリーさんのカレーを食べたとき、あ、負けたと思った。私の中で、一つ壁がある。その壁を越えようとするための、出汁の試みだった。出汁のスキルを上げないといけないことに気づいた。ここらへんは研究と実践。みなさん、まだ美味しいもの出せますんで、待っててください。

自分でも未完成のままスパイスカレーを出していたが、神奈川に行く前に一度完成まで持っていくことにした。珈琲もカレーもゴールがなくてそれが面白いのだが、カレーは一度自分が納得できるとこまで持っていこう。スパイスカレーだけで、連日行列ができるような店にする。

こちらにいる間、大阪にスパイスカレー巡りに行くことにした。大阪のレベルを体感しておかなければならない。気になる店は、yobareya、大衆中華食堂八戒、カオススパイスダイナー、コロンビア8、はぐ寧。どれも、中華や和食など、スパイスカレーに多層的な要素を融合させた新進的なスパイスカレー屋。インスタを見ていて、ここまでくるとカレーというより音楽の表現に似ている。もはやアートだ。

偶然の再会

ひとつ驚いたことがあった。うちの珈琲が好きだった常連さん、仮にNさんとしよう、彼が吉田と同じ小学校だったこと。Nさんは忘れていたが、吉田は一方的に覚えていたらしい。つまり、吉田が25年ぶりくらいに再会したのに、当時の印象だけでわかったらしい。しかも、吉田にとってNさんは2個上。小学校の2個上の先輩のことを覚えてるなんてさすがだ。

しかも、これが例えば寿司屋で再会していたら話すことはなかったかもしれない。喫茶店だからこそ話せたのだ。珈琲が持つ、人と人とを引き寄せる力が為せる技だ。Nさんは蠍座、吉田は蟹座で、水星座同士相性がいい。少し離れて2人の談笑を見守った。その空気感が、BGMに流していたサンバの名手、カルトーラに相まってとても良かった。世界の果ての酒場のようだった。店をやって良かった。やっぱり、喫茶店はやめられない。偶然を引き寄せる素晴らしい仕事だ。そういう場面を作れた瞬間はたまらないものがある。

閉店後、久米南の田中丸さんが豆を取りに来てくれた。インスタライブで、女将に動きがあればいいとアドヴァイスしてくれた。これを書いている横で、いま女将は歌を歌っている。焙煎に加え、歌や踊りも織り交ぜていけばいいかもしれない。ありがとうございます。

短期バイトの返信がきた。月曜日から行けばいいらしい。来週からまた新しい流れだ。上昇気流である。そういえば、体に龍が宿る夢をみた。

所持金は6000円。晩御飯用にイズミで半額の豚バラ肉、ひまわり油を買った。お米と珈琲豆が切れたので、次に店を開けるには仕入れなければいけない。また、未払いの電気代7100円。これが払えば、電気が復活する。

,
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。