音楽の旅② 「ゲームミュージック」

スーパーファミコンが好きだった。1986年生まれの私はゲーム世代で、その中でも特にRPGにハマった。1番好きだったのは、ファイナルファンタジー6だっただろう。大麻栽培で逮捕された幼馴染の家に遊びに行くと、2階の部屋で遊んでいた。この幼馴染にはよく意地悪をされたものだが、よく遊んでもいた。ファイナルファンタジー6は、幼馴染の兄がプレイしているのを、はじめて見た気がする。

水彩画のようなドット絵や、オペラをモチーフとした世界観。民族音楽、テクノ、プログレなど、様々なレイヤーが混じり合うBGM。FF6の世界観は、私の深層意識の奥底に、ゴッホの筆致のように堆積している。

ゲームの世界に没入しながら、無意識に音楽を聴く。容量が少ないので、短いループが延々と続く。街にいるときに流れる曲が好きだったかな。ゆったりとした、落ち着く曲。

1年前、私と女将の間ではスーファミが現役で、大人になってはじめてマザー2をプレイしたが、ファンクあり、ロカビリーありで、スーファミ の音源でもさまざまなジャンルが表現できるのかと感心した。ゲームミュージックはアニメソングのように特殊な音のデザインをしている。基を辿れば、現代音楽を修めた人たちが音楽を創っているので、クラシックがベースとなっているはずなのだが、当然、作る人の趣味も入ってくる。例えばFF5で名曲とされている『ビッグブリッヂの死闘』は、ゲームミュージック史でも名曲とされているが、私にはあまり響かなかった。民族調の街の曲が好きだ。

(私は特にゲームミュージックに明るくもなく、一家言を持てるほどでもないのです。もし好きな方の気に障ったらごめんなさい)

スクウェアのゲームをよくしていたので、クロノトリガーも好きだった。最強の武器である『にじ』の取り方がよくわからなくて苦労した。プレイしたのは8歳やら9歳だっただろうか。

18歳になり、神戸のクラブ Pi;zに通うようになり、毎週月曜に開催されていたフリーのイベント『!!!Monday』で遊んでいた時のこと。神戸ではじめて友達になった同い年のDJ KEITAが、とある曲をかけて、フロア中の人にナニコレと注目を浴びた曲がある。

それはクロノ・トリガーの中世時代のBGM、『風の憧憬』をサンプリングし、トライブの弟分的グループ(の名前が思い出せない)のペラをミックスしたもの。すごくよくて、のちにデータでもらってよく聴いていた。ケイタは自分のミックステープの一曲目に韻踏の『揃い踏み』と『93 till infinity』をブレンドしていて、それも好きだった。ケイタはそういうのがうまかった。

私がMPC 1000を買って、ビートを作りはじめ、同じくスクウェアのフロントミッションをサンプリングしたが、うまくいかなかった。エネミーターンの曲と、自部隊がOCNから独立して明るくなった自軍ターン曲を使ったが、BPMが合わせれなかった。今はソフトで自動的で合わせれるのだが、アナログだと自分でドラムと上ネタを合わせていかなくてはいけない。合った時の爽快感はたまらないが、どうもその作業は苦手だった。なので、上ネタをチョップしてフリップするビートの作り方をしていた。

当時はなぜか、ドラムが入っているものをサンプリングしてはダメと思い込んでいたので、サンプリングできる曲がドラムがないものに限られていた。なんでそんな風に思ってたんだろう。今となっては不思議だ。どこか、決めつけて自分の心を自分で苦しめているように思う。視野が極端に狭かった。

ビートを作り出したのは、蟹バケツシンドロームというグループを組んでいたちと何かしたかったからだった。認められたかった。初めてええやんと認められたビートは、FF6の『仲間を求めて』という、好きな曲と、DJ Spinnaのビートの一部をサンプリングしたものだった。うまくできていたと思う。当時の私はビートのデータをナンバリングする癖があって、ハードディスクに保存していた。

ビートの番号はno18。今でも覚えている。つまり、音を作り出して18作目ということ。やすきは上ネタはええんやけど、ドラムがイマイチやなーと言われ続け、悔しくて作り続けてなんとか形になったもの。阪急王子公園の未踏さんの薄暗くてお洒落な部屋で、聴いてもらった。ああ、その時の情景が、今でもありありと思い出せる。あれから、ビートを作り始めてから、17年も経ったのか。

ビートのところまでは書くつもりがなかったが、ここまで書いてしまった。去年も、コロナ渦の中、FF6のティナのテーマをサンプリングしたビートに、女将のコーラスを乗せてもらった。昔はサンプリングオンリーだったが、今では生楽器を入れたり、自分でシンセを弾いたりするようになった。視野が拡がった。

子供のころからの記憶が、サンプリングという手法を通じて今に繋がっているのは面白い。幼馴染と、今は葬儀場になっている津山駅前の空き地で遊んでいるとき。空がラスボスのケフカ戦のようになっていて、騒いだのを覚えている。子供の頃、熱中してゲームをしていた、あの感覚。大人になるにつれ薄まっていったが、曲を聴くとあの頃の感覚まで蘇ることがある。感覚や記憶の積み重ねが、一つの線になって、今と大きな未来に繋がっている。

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