音楽の旅④ 「2 Da Hip Hop」

15歳。津山の進学校、津山高校に落ちた。家族からは津山高校に入ってないと人でなしみたいに言われてないので、いざ人でなしになってみるとどうしようもないことに気づいた。立ち直れなかった。

勉強の仕方が悪かったが、努力が報われないと傷ついたし、これから父親に何やっても馬鹿にされると思って、生きる意欲を失っていた。父親の偏向的な学歴主義は私を傷つけた。

親戚にも津山高校の理数科を作った人がいて、祖父の葬式にも目の前で馬鹿にされた覚えがあるそうやって人を傷つけるのが教育かと言われたら違う。少なくとも教育者ではない。知らぬ間に亡くなっていたらしい。知っていたとしても、葬式に出る気にもならなかっただろう。

バスケ部もうまくいかなったし、勉強もさらにできなくなって、八方塞がりだった。そんなわけで、高校時代はインターネットの世界に引きこもった。

ネットの海、アンダーグラウンドヒップホップ

ネットの世界は自由で、たくさんの人にあった。2000年ごろは、まだ実名を公表する人が少なく、ハンドルネームという、ネット上にもうひとつの人格をつくっていた。ネット上と、実社会の人格がかけ離れている人も多かったろう。インターネット自体が巨大なソーシャルゲームだった。

私は実家の仕事場のパソコンを使ってネットにはまり込んだ。ヒップホップの情報を集めた。主に2chだったが、この頃はもう雑誌よりネットの情報が早かった。ブルーハーブやシンゴ2などアンダーグラウンドのアーティストもネットで知った。

この頃の日本のアンダーグラウンドヒップホップは、ネットを媒介に広まっていた。B boy Parkの般若vs漢のマイクバトルの動画データもネットで見た。HP/JPという、ライターの磯部涼と古川耕がしていたネットラジオがあって、日本全国のこれから出てくるアーティストの音源を知らせていた。かなり先進的な試みだった。MSC、韻踏会組合、妄走族など、今、一線級で活躍する人が出始めた時期。

津山という田舎で、情報の最前線に立てていたのかもしれない。いっぽう、紅桜やJ-Rexはすでに活動を始めている。

WinampWinMXのコンボ

海外の情報も得ていた。Winampという、海外製ラジオソフトがあって、海外のラジオが聴けた。ヒップホップだけでも数局あって、なかでもSmoothhiphop.comというラジオ局を聴いていた。今で言うブーンバップらしいスタイルの曲をかけていた。メインストリーム中心の局は肌に合わない。

流れている曲のアーティストと曲名が表示されるので、自分がいいと思った曲をメモソフトに残して、Winmxで落としていた。覚えているのは、Afu-raのVoodoo Childsのプレミアリミックスがあって、のちに神戸で知り合ったケイタがミックステープに収録していた。手探りで聴いていたが、この時期聴いていた曲の方向性は間違ってはいなかった。

Winmxというのは当時のp2pソフトで、曲のデータを違法にダウンロードできるものだった。この時からかなりの情報量を聴いていた。

しまいにはアメリカのヒップホップだけでは物足りなくなり、ドイツのアンダーグラウンドヒップホップの情報まで探り出した。まだAmazonがない頃で、HMVだと、ヨーロッパの作品を取り扱っていて、取り寄せていた。

また、ネットのレコ屋のページも出来はじめていて、リアルプレイヤーを使って試聴する技も覚えた。

NasのIllmaticを聴く前から、アンダーグラウンドヒップホップに傾倒していた。誰も聴いていなさそうな曲を探すことが快感だった。かなり偏向的で、閉じられていたと思う。だが、誰にも知られなくても、素晴らしい作品がたくさんあることはこの時知った。お陰で、情報を主体的に探る姿勢が身についた。

DJ文化は、まだ誰にも知られていない音源や、埋もれてしまった作品を再評価して見直すという一面もある。誰かがつけたレッテルや価値観をはがす作業といってもいいだろう。ディグは、自分の価値観の光を頼りに、闇を進む。世界中で構築が進んでいる。オタク的といえばそうだが、シェアする楽しみでもある。掘り進めた幸せをみんなに共有する。光を浴びなかった音楽を照らすことは、どうしてもいいことだ。

今ならそのジャンルの大家を聴いてから水準を知る、ということから始めるが、好奇心のまま掘り進める、ディグという行為自体が好きだった。

Deltron 3030

高校のとき、手にしたアルバムの中に、Deltron 3030がある。これはハイエロのDel The Funky Homosapien、プロデューサーのDan the AutomatorDJ Kid Koalaによるユニット。調べてみるとリリースが2000年なので、新譜で見つけたということになる。

かなりマニアックなアルバムだ。DelはIce Cubeのいとこで、歴史的グループSouls of Mischeifのメンバー。Dan the Automator はクールキースの作品に参加している腕利きのトラックメイカーだが、日本での評価はいまひとつ。キッドコアラも有名で、いわゆるスペシャルユニットだが、あまり知られていない音源だろう。

映画のように壮大な一曲目が好きだった。ジャケットから察するに、架空のSF映画をつくり、ストーリーテリングをしたコンセプトアルバムだったのではなかろうか。ストリングスを用いた、壮大なトラックが好みだった。フランスのクラシック作曲家、William Shellerをサンプリングソースに使っているようだ。

考えてみると、テレビ中心の生活していると、耳にする音楽の情報はかなり限られてくる。いまはサブスクで、この瞬間にも、世界中でいい曲が発表されている。はっきり言って追いつかない。店では、なるべく今出しているアーティストの音源を流していた。自分でも知らないし、調べても情報が出てこないアーティストもいた。無意識にでも、同時代に生きる人のつくる音楽を、間口ひろく聴いてもらうことが、私の幸せでもあった。

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