湘南移住記 第九十一話 「移住」

二十代は自信がなかったのだろうと考える。遡れば、津山高校の受験失敗から端に発しているが、なぜそこまで学歴にこだわっていたのだろう。そもそも勉強は好きではなかった。いい学校に行きたいのも、両親に認めてもらいたかったからだ。

津山高校に、いい大学に行けれなければ親に認められないというのも偏った見方だ。それは父の考えそのものだった。私が通った作陽高校はレベルが低い、と人間そのものを否定しているようだった。父親の世代でそういう人はいるが、あまり尊敬できるものではない。

価値観をつくる

もっと遡ると、学歴があろうがなかろうが、自分で生きていかなければいけないから、自分の価値観は自分で定めなければいけない。ひとりひとり顔が違うように、中身もちがう。定められた生き方より、自分でやってみて、体感で感じたことから、考え、価値観を構築する。作陽高校で、時代遅れのリーゼントをしていた村上先生がおっしゃっていたが、自分探しより自分づくりだ。

たぶんそこが、ごっそり抜け落ちていた。関東から倉吉に移住し、汽水空港という古本屋をしているモリテツヤさんのツイートを思い出した。何も考えずに行った大学より、本や、それを扱う本屋を通して学び知ったことが多いと。

三浦市は関東ではあるが、移住先としては程よい距離にある。最近は長野県が東京からの移住先に人気なようだ。人気だから行くのではなく、自分がここだ、と縁を感じた土地に行くことがいい気もする。

移住の

〈たべことや みなとや〉に行ったとき、とてもいいバイブスだった。店主のあかりさんと楓さんは、いい空気を纏っていた。2人とも東京から三浦に移住してきた人たちだ。移住の民は、地元の人とはどこか違う。やわらかさだろうか?地元のしがらみを避けて移住した、という人にも出会ったが、人間関係が嫌で別の土地に行く人もいるだろう。

言い換えると、ずっとその土地にいて、人間関係が苦痛になることもあり得る。三浦や横須賀は横のつながりを大事にする。港町の生きる術なのだろう。海風のようにさっぱりとしていて、心地よい。

もちろん、三浦の人間関係が苦手という人もいるだろうし、津山のどろっと濃い関係が好きだという人もいるだろう。人それぞれの性質が違うからには、住む街の相性もある。街が人の集合体で連綿たる歴史がある以上、生き物と同価だ。

自分の心地いい環境を選ぶということは、主体的に生きている、自分を持っているとも言える。どこで生きるにしろ、どうやって生きていくを定めておかないと、人間関係に振り回されることになる。

とかくに人の世は

夏目漱石の『草枕』の序文。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

という一文がある。人間関係の枠組に囚われすぎると生きにくい。それよりは、孤立しででも自分を通す覚悟を持っておいた方がいい。そういった芯を持った人同士のアライアンスは、関係として健全だ。もちろん、助けてくれる人もいる。本当の感謝ができる。

両親に認めてもらえなかったあの時から一転、今は自分にどう認めてもらえるかということにはなっている。店を初めて、一応両親には認めてもらったし、人が尊敬できるようにもなってきた。いや、ここまで動いて自分を認めなかったらちとかわいそうだ。素直に自分を認めることにします。

これからは過度に人に気を遣わずに、自分主体で生きよう。自分の人生の舵を、持てたということだ。

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