湘南移住記 第九十八話 「旅立」

神奈川に戻ることにした。本来は月曜日に帰って、物件の契約をする予定だったが、話し合いが長引いた。今後の方針が決まった以上、津山にいることはない。横須賀に居を移して、私も私で新しいスタートを切る必要がある。

結果、良かった。あとでわかったことだがら今週は動くべき時ではなかった。運命が無風状態で、動いたとしても何も起こらない。そういうときはじっとしておいたほうがいい。何もできていない、と焦ってしまうが、落ち着いて潮目をみる。目標に向かって行動を起こし続けていると、タイミングがあることがわかった。それに逆らうと結果はよくない。流れに乗る。

序でに、大阪に行くことにした。店を始める前に大阪のスパイスカレーの現状を確認しておこう。hatisを開けるためにひさしぶりににスパイスカレーを仕込んだが、どうも納得がいくものではなかった。もう一度スパイスカレーを見直したい。珈琲が軸だが、スパイスカレーも大切だ。両輪としてやる。

土日にはマグロ屋のバイトも入っている。断ろうと思ったが、入ることにした。金曜日に大阪から横浜に向かい、そのまま土曜日の朝からのシフトに入る。

旅立ちの朝

金曜日の朝。女将が作ってくれた朝食。松本米穀店で買った棚田米の玄米の大きいおにぎりに、川上町で買った、塩気の強い梅干し。卵焼き、津山産のエンドウ豆を炒めたもの。女将の卵焼きは、とても美味しい。卵焼きがあまり好きではなかったが、女将の卵焼きを食べるようになって好きになってきた。

旅立ちの朝。出ようとしたが、ないものに気づき、出る前に慌てた。9:00に津山駅前発、梅田行きのバスに乗る。9:00発のバスは特急で、2時間半程度で大阪に着く。最後に、女将がタイ・ドンコンバン・ブラックハニーを焼いてくれた。私より深く焼いている。一昨日焼いた時より苦味が丸くなっている。ブラックハニーは苦味から甘味になるスピードが早い。女将らしい珈琲に仕上がっていた。

実家の母に挨拶をしに行った。餞別をくれた。断ったが、ねじこまれた。なにか女将のために使おうと思う。相続騒ぎで、母とも険悪になっていた。仲はよくなった。まずは自分たちのことだが、母にも返せるように。

間に合わそうになかったので、急足で駅に向かった。バスが来ていなかった。津山駅前のバス受付に聞いてみる。いつもここで高速バスのチケットを買っていた。ところが、もう高速バスの受付はここではやっていないらしい。一瞬、コロナ渦の影響で大阪行きのバス自体がなくなっのかと思ったが、直接バスに乗り込めばいいだけになっただけだった。ただ、9:00に出ていた特急のバスは便がなくなったらしい。

自由な時代

女将も私も、やることが定まった分、余計にスッキリした。私も私で津山に対しここが嫌だなあ、と言う部分があったが許すことにした。実際、2週間近くいたが、嫌なことをされたなあという人にも会うことはない。嫌な同級生に会うこともない。近しい人にも会いにくい時代になったので、人間関係が制限されている。だからもうそういう人達は津山にはいない。

会いたい人にだけ会いたい時に会えばいい。向こうからメッセージをくれる。

そう思うと、風のように身も心も軽くなった。

産まれた頃からみている今津屋橋の夕陽が、葉山の森戸海岸のように美しく感じられた。山に囲まれた津山の夕陽は、幻想のように靄がかかっていて、湘南の夕陽とはまた違う美しさがあることに気づいた。

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