短編 : 亡国の文机にて

H県F市にあるカフェに2人はいた。使われなくなった紡績工場を改装したカフェは天井が高く、空気の流れが良い。抜け感がある場所だった。幾つかある窓にはカーテンが白風に靡いている。

黒柿色の丸机に2人は座っていた。英国の古図書館で使われていた机。この世界の時間軸では英国は200年前に滅びている。

故に骨董品として貴重なのだが、このカフェのマスターが海外の違法経路にて入手したものだった。この品と同じものは日本には2つしかない。もう1つは北海道東のとある山小屋にあると言われている。この事実を知っているのはこの店の清掃係の老女だけだった。

「あの、趣味はなんですか?」2人のうち、女性の方がもう1人に聞いた。差し向かいに座っているのは青い鳥内帽を目深にかぶった男性だった。青い帽子を選んだのは、彼が海が好きだからであった。

「趣味は、特にないです。強いて言うなら、詩をつくることです。」男がそう答えた。「詩、ですか?」「そう、詩」。

「詩を書くの、おもしろいですよ。T県の端にある酒場で詩人の会を催していて、みんなで発表するんです。」「変わった趣味ですね。」「ええ、月一でやっています。」

この2人は何年も連れ添っているのだが、たまにこうやって始めて会う振りをして楽しんでいる。きまってこのカフェでその遊びをやるので、カフェのマスターだけが実際を知っていた。グラスを拭きながら2人を遠目に眺めている。

ミルクティーが丸机に運ばれてきた。紅茶に牛乳を混ぜて飲む。亡国の習慣に倣って、2人は温かい午後を過ごした。

男は上着のポケットから手帳を取り出した。1年前につくった詩を手帳の最後のページに書いた。その詩は特に意味を持たなかった。

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