湘南移住記 第131話 「それぞれの明日へ」

新宿バスターミナル、通称・新宿バスタ。2022年2月5日、夜9時半の津山駅行きルミナス号に乗車する。土曜だというのに、乗客は私含め4人しかいない。運転手さんが今日は空いているのでお好きな席に座ってくださいと声をかけてくれた。

新宿に行く前に渋谷に寄った。渋谷は果てしなく大きい。津山のごんご祭りのような人だかりが、毎日起こっている。

津山へ帰る。津山の税務署に確定申告をしにいく用事もあって、もうひとつは女将に会いに。神奈川に出てから津山に帰るのは3回目。すべて女将に会うためだった。

1ヶ月間、女将と連絡がつかなくなり、その間に考えた。年末に帰ったときは、これ以上関係を続けるのが難しいようなので、別れようと私から持ちかけるつもりだった。だが、女将とは会えなかった。

この一ヶ月、自分の気持ちを見直した。女将にもう一度会いたい。

役目

この2年たくさんのことがあって、女将はよく泣いていた。風呂のお湯を満杯に溜めると水道代がかかるしやめよう、と言っただけで泣いていた。

私が神奈川に出てから、女将は成長した。自ら行動をし始め、考えを話すようになった。hatisも開けてくれたし、三浦から神奈川への引っ越しも手伝ってくれた。頼もしかった。

年末にマーレが緊急入院したとき。女将は独りで動いて、なんとかした。もしかしたら、女将の中で、私の役目は終わったのかもしれないなと思った。

お互いの目線が少しずつズレていった。きっかけは猫だったが、スマホでの言い合いが、決定的な溝になった。

私たちはずっと対話してきた。私は、過去に付き合った人からも、大切な友人からも、逃げてきた。もちろん、自分からも。

逃げる性分を悟った。だから、女将とは向き合おうとした。自分自身よりも女将と向き合った回数は多い。

同じ屋根に住んでいたから、ケンカしても、同じ布団で寝た。翌朝には朝食を食べ、いつも通りになる。修復のスピードは段々と速くなっていった。

だが、なにかあったとき、物理的な距離があると難しい。

結果論で言うと、私が神奈川への移住を、もう二、三ヶ月遅らせるか、止める判断をすれば良かった。

津山に残ってhatisを続ける。神奈川に出ると周囲に言っていたし、ここにも書いていたので、引き下がるわけにはいかなかった。それが止めれなかった。

意地と見栄を張って、つつましくも幸せな日常を失った。

アストラッドの手術代もあちらで貯めればいい。そう考えていた。今月には手術代が貯まる。だが、二ヶ月遅い。アストラッドはもういない。

わたしたちの家で

朝5:48、津山駅着。私たちが暮らしていた南町の家の鍵を開ける。電気はつかない。ガスも止まっているようだった。

女将のものは綺麗に片付けられていた。服も私物もなにもかも。棚には、私の服だけが丁寧に折り畳まれている。

冷蔵庫に味噌とコーヒー牛乳と野菜が残っている。食べるつもりだったのだろうか。

葉山の〈三角屋根とコーヒー〉で買ったボトルが箱のまま置いてあった。去年の10月に女将にプレゼントしたもの。

神戸のikeaで買った時計

女将の私物はないものの、2人で出かけた思い出がいくつか残っていた。東京の言葉の展覧会のパンフレットや、横須賀のツナミバーガーのフライヤー。パンフレットの言葉の部分に、珈琲の染みがデザインのように広がっていた。

ずっと1人で住んでいる家のようだった。まるで、すべては夢だったみたいに。

女将からひさしぶりの返信がかえってきた。「もう話すことはありません」という内容だった。

私たちは、ずっと対話を繰り返してきた。出会ってからずっとしゃべっていた。最初に兵庫県の砥峰高原に出かけた時から、ずっと。夏の日も冬の日も、ケンカをしても、お互いに向き合って、その度に仲直りしてきた。

だが、それができないのなら、もう終わりだ。南町の鍵は横須賀の住所に送ってください、お別れです、と返信した。

女将はよく直筆の手紙をくれていた。女将の好きなコミュニケーションの形だった。最後がメール、というのはあまりにも寂しかった。

迷惑承知で近くの女将の職場に手紙を持っていこうと考えたが、やめた。痕跡を残さず去っていった女将の、私への気持ちを理解しようと努めた。

家にはどこか明るさが残っていた。この家は一人でずっと使っていて、寂しかった。だが、数匹と猫の暮らしがあった。小さな家族。みんなでごはんを食べて、お風呂に入って、みんなで同じ布団に寝ていた。

その暮らしの雰囲気が、壁に、天井に、染み付いていた。

みんなと寝ていた布団に一人で入り込んだ。電気がつかなくなった天井を眺めると、涙が溢れた。

実家に帰った。実家は父が死ぬ一年前にリフォームして、面影が残っていない。どこか他人の家みたいになってしまった。だから、今の私にとって、南町のあの家が我が家だった。でも、もう、もぬけのから。

津山は雪が降っている。君も猫たちも、この雪を見ているだろうか。

思い出したら、2月6日、今日は私の誕生日。

これ以上、過去を美化するのは辞めにします。アストラッドへ対しての自分の責任の所在が、曖昧になる。

ブログにこういうことを書くのは適当ではないかもしれません。自分の感情の整理だけで書いている。

この日誌も、独善的だったかもしれない。

この日記は消すかもしれませんが、直接私たちを知っている方に、この日誌にお付き合いくださってるみなさんに、ご報告まで。

最後に。

届かないだろうけど、女将への手紙を書きます。一年も経てばお互いに違う人物になっているだろうし、今ここから、残しておこうと思う。

お〜い、女将よ!

最初に砥峰高原に行った時、ハイヒールなのにあんな山道を歩かせて悪かったな!特に何も調べず行ったんじゃ!

あの時、長い道のりを肩組んで歩いたな!だからこの二人は、人生の坂道を一緒に歩いて行けると思うた。

店を閉めて働きに出た時、毎日弁当をつくって送り迎えをしてくれて、本当にありがとう。

君の料理は美味しかった。俺と違う味付けだったけん、おもしろかった。

君に頼るのが、当たり前になってしもうとった。

思い返せば謝らにゃあいけんことばあじゃ。

でもなあ、楽しかった!ほんまにいろんなところに行ったなあ!車でよう連れてってもろようた。

湘南も東京も横須賀も三浦も、2人で出かけたいとこばあ見つけた。もしこっちへ来てたら、俺の好きなオシャレなカフェだけじゃのうて、今度は君が好きな大衆食堂に出かけようとしとった。

うちにきたとき、お父さんの仏前で、手をついて祈ってくれてありがとうなあ。

君と一緒に暮らして、ほんとによかった。コロナとお金のことで苦しかったけど、猫たちのおかげで、よく暮らせた。

猫たちと仲良くな。

りぷ!お前は賢くてええ猫じゃ。よう長男として家を守ってくれようった。ママと兄弟をよろしくな。

アス!本当に悪いことをした。ダメなパパだった。俺らを愛してくれて、本当にありがとう。怒りんぼだけど、優しくて、可愛かったアス。

マーレ!お前はほんまに懐きゃあせなんだなあ。一時期、お前と家族になれんかなあと悩みょーったけど、お前はお前のポジションがある。ママはお前のこと大好きじゃけん、ようしちゃってくれ。

ヴィル、ミウ!お前らはアスの大切な子じゃ。赤ちゃんの頃は小さかったなあ。一緒には暮らせんかったけど、よく生きてくれ。

ありがとう。本当にありがとう。

幸せな二年間だった。

あなたが幸せに生きることを、心から願います。

女将について書くのは、これで最後にします。

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