湘南移住記 第133話 「タマゴサンド」

女将は私の店での役職だったので、今回からは元女将と呼称する。

京都へのバスはコロナの影響で休止になっていた。そこで、津山から大阪行きのバスに乗ることにした。乗客は、私と女性の二人しかいなかった。

中央の左、窓側席に座りった。シートを全開まで後ろに傾ける。ゆったりできた。関西弁の運転手がシートベルトをするようアナウンスをする。

寒凪の空は良く晴れていた。しばらく中国自動車道の、山ばかりの風景を眺めていた。

すると、元女将の顔が浮かんできた。つい、名前を呼んでしまいそうになる。涙が溢れてきた。乗客が少なく、誰にも見られなくて済んだ。

京都

新大阪からは、30分足らずで京都に着く。米原方面、久しぶりに見た字面だった。

電車の中で、芸大生らしきカップルが、単位履修の話をしていて、それをずっと聞いていた。

京都駅到着。神戸時代は阪急沿線だったので、京都に来る時はいつも河原町で降りていた。JR京都駅はかなり大きく、美しい駅。

元女将とは京都に行く計画を立てていた。〈Hotel S.H.E〉に泊まって、私は〈Stardust〉、元女将は〈かまた店〉。〈かまた店〉は独創的なメニューをだしているカフェで、クリエイティビティのある元女将が気にしていた。

京都駅のロビー

深夜バスの出発時刻は夜10:30。現在は夕方5:00。まだ時間がある。京都をすこし歩くことにした。

ひとつ行ってみたい店があった。〈カオススパイスダイナー〉。津山でもそうだったが、横須賀でも関西スパイスカレーを持ち込みたい。その勉強。

このお店は夜はスパイス酒を出していて、どんなものか体感したかった。

お店は京極にある。歩いて向かうことにした。道のりの途中、六条通りに〈Walden Woods Kyoto〉というカフェがある。以前から行ってみたかった場所だ。

〈Walden Woods Kyoto〉は真っ白な壁に、テーブルのないかわった作りのカフェ。ランプの灯が美しい。カフェというより、現代美術の空間インスタレーションのようだった。

珈琲もプロバット社(ドイツの老舗珈琲会社〉の焙煎機を導入していて、美味しい。

中煎りのブレンドと、ブルーベリーのカヌレを頼んだ。

同じ中煎りでも、関東と関西では焙煎の進み具合が違う。珈琲のフルーティな味わいを東京では酸味で表現しているが、関西では苦味と甘味で出している。横須賀でも、この辺りの表現を出せば独自性が出る。

店を出ると、すっかり日が暮れていた。

木屋町通りを北上する。街の中を水路が通っている。京都は鎌倉と同じく、街のつくりが美しい。城下町の津山も同じだと、帰ってから気づいた。加えて、夜の京都は別格の怪しさもある。

賑やかな京極に着いた。だが、〈カオススパイスダイナー〉は売り切れで閉まっていた。

時刻はまだ夜の七時。バスの発車時刻までまだ時間がある。そこで、ふと元女将が行きたがっていた〈かまた店〉に行ってみようと思いついた。

いや、それはやりすぎか。執着になる。

でも、元女将と行く最後の旅だ。横に元女将はいないが。そう決めて、〈かまた店〉に行くことにした。

京都の南北に伸びている地下鉄の烏丸駅から、北大路駅へ。駅にVibreが入っているが、人気のない住宅街。

最後の旅

猫と住むようになってから回数は減ったが、元女将とはいろんな場所に出かけたものだった。元女将は車を運転するのが好きで、2人ともお出かけするのが好きだった。見たことのない風景を見て、その土地土地の人と話し、お店でおいしいものを食べる。楽しい思い出。

駅から歩いて〈かまた店〉に向いながら、元女将と一緒にいたらどんな会話をしていただろうと考えた。元女将も焙煎していたので、さっきの珈琲について話し合っていただろうか。それとも、いつもの他愛もない会話だったろうか。

元女将の影が、私の右横に浮かぶ。まるで小林勝行さんの『感傷の果て』のよう。そこには、だれもおらへんのに。

Googleマップに従って歩く。すこし、わくわくしていた。元女将は2000円するというスーパーフード入りのクッキーが食べたいと興奮しながら話していた。私は独特の造形のクリームソーダを食してみたい。

15分ほど歩いて、店にたどり着いた。だが、明かりはあったが、〈かまた店〉は閉まっていた。

女将との旅は、ここで終わった。

宍粟市。砥峰高原。山﨑のカフェ。播磨科学公園都市。テクノ中央。倉吉。何度もいった、湯梨浜町。鳥取の冬の海岸線。美作の温泉。牛窓。前島の喫茶店のおばあちゃん。岡山市。宇野。玉野のbelk 、美しい瀬戸内海の夕焼け。福山、鞆の浦。尾道の一棟貸しの一軒家で、喧嘩して仲直り。神戸。夜の北野を歩いた。王子にも行ったね。大阪。ミナミ。パンクして大変だった。藤沢。不動産屋に放置された茅ヶ崎。鎌倉。横浜。三浦、横須賀。そして最後は、君が好きな東京の、浅草。

終わった。長い旅だった。あの砥峰高原の道のりから、たくさんたくさんいろんな場所を巡った。あの日々の一分一秒を、大切にすればよかった。

元女将との旅は、ここ京都で終焉を迎えた。ぱしゅっと、元女将の影が消えた。その場で泣き出してしまいたかった。

タマゴサンド

バスの出発時刻が近かったので、京都駅にもどる。哀しくて、一杯やりたかった。途中で見かけたワインバーに向かうことにした。

きらびやかな河原町商店街の交差点の赤信号。青信号を待っていると、女性のシンガーソングライターが歌っているのに気づいた。半ば諦めたような顔でギターの調律をしている。

次の歌を歌い出した。伴奏とともに短い自己紹介があり、女性は「やましたりな」という名前で、自身が作詞作曲した『タマゴサンド』というものがわかった。さほど気にも留めてなかったが、歌い出しの3行に、心が掴まれた。

ねぼけまなこのあなたをつれて
つくったタマゴサンドもって
近くの公園にいこう

たったこれだけの、比喩もなにもない、平凡な3行だった。私の耳にそれが聞こえた瞬間、涙が溢れそうになった。歩くのをやめ、聞きいった。

この3行に、2020年、コロナで一旦店を閉め、働きに出ていた夏を思い出された。元女将は毎日出勤に歩いてついてきてくれた。たまに飼い猫のりぶが城見橋をぜいぜいいいながらついてきた。りぷは犬みたいな性格の猫だった。橋の上を歩いてたらあぶないよ、りぷ。

働いてお金ができたので、〈シンプロン〉のパンを買い、近くの公園で一緒にたべた。それを思い出した。

なんて、私の心は弱いのだろう。

その歌は男性が、別れた女性を想う詩だった。そういう歌を馬鹿にしていたくらいだったのだが、いままで見て聞いたどんな曲より胸を打たれた。

どんなに趣向を凝らした表現より、こんなシンプルな3行に人の心は動くのか。人間なんて、そんなものか。そんなもんだ。

京都の繁華街のど真ん中で泣くのを堪えているのを、通りがかった金髪でメガネのおっさんに見られたので、恥ずかしくてその場を立ち去った。

去り際にやましたゆりさんは「聞いてくれて嬉しい」と言ってくれた。御礼を伝えたかったが、涙を堪えるのに耐えきれなかった。

独りの旅路

ここ数年、泣くことなんてめっきり減っていた。おとどしに父と祖母が亡くなり、アストラッドが亡くなり、元女将。悲しいことがつづいている。

だが、この歌のように、自分と似たような経験をしている人は大勢いるのだろう。そのことを知れた。音楽が好きでよかった。悲しみに覆い被さるように、音楽は私を慰めてくれた。

元女将はいまなにをしているのだろう。きっと、私のことは忘れて、次の道に進み始めているに違いない。猫たちは、元気だろうか。

幸せだったなんて、私の傲慢かなあ。もしかしたら、元女将は私との生活が辛かったのかもしれない。すぐに神奈川に来なかったのは、そうすれば説明がつく。今となってはもうわからないことだが。

夢を天秤にかけても、今の私はその暮らしを取ろうとするだろう。そのくらい幸せだった。それに気づかなかった。

10:30。元女将と最後の旅を終え、京都を後にした。東京八重洲口に朝6:48到着。

翌日の夜に横須賀に帰ると、〈No.13〉の野口さんからDMの連絡を頂いた。春に三浦で店をオープンする〈みなとや〉さん姉妹と、開店の準備に関する連絡をとった。

独りだけど、独りではない。野口さんの連絡は嬉しかった。ありがとうございます。

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