湘南移住記 第159話 「しあわせのフィリピン」

水曜日。まだ水曜か。くたびれている。もずもずと起き上がり、珈琲を淹れて、水筒に移す。7:25発の電車に遅れそうになったので、小走りで県立大学駅へ。

体調不良か電車酔いがわからないが、上大岡駅あたりで気分が悪くなってきた。職場へとなんとかたどり着く。

2枚の味噌カツ

昼食はいつもパンひとつにしている。このパンにはアメリカ産小麦粉が入ってるのだが、弁当を作るのが面倒くさい。

出勤前に、外のベンチで水筒の珈琲を飲み、気持ちを整えている。ところが今日は、昼食用に買っておいたパンとおやつ用のチョコチップクッキーを食べ切ってしまった。

昼休みにコンビニでパンを買おうとしたが、思い切って社員食堂で昼食をとることにした。安いと職場でも評判だ。

食堂のある階に行くと、2つの店に別れていた。かけうどんが380円、ラーメン、カレーが500円からとメニューにあった方に入店する。

前の人に従って進むと、お盆をとって、用意された数種の小鉢を取っていく様式の食堂だった。体育館のような広さ。まだ昼時のピーク前で、先はまだ埋まっていない。

勝手がわからず、流れに任せて小鉢を2つとると、おばちゃんが味噌カツを準備している。中国語のイントネーションで早口に「1枚?2枚?」と聞いてきた。「え、じゃあ2枚で…」と答えると、にんまりわらって皿にカツ二枚乗せてくれた。枚数にかかわらず値段は変わらないようだった。

つづいてご飯と味噌汁担当のおばちゃんがいる。いつもは普通盛りなのだが、なぜか大盛りを頼んだ。

あれよあれよというまにお盆の上にはボリュームに満ちた味噌カツ定食が出来上がっている。結局、900円の会計になっていた。まぁ、たまにはいいか。

外が見える席に着く。横浜の都会的な風景を眺めながら、味噌カツ定食を頬張った。

小鉢は豚肉ともやしの和物、ツナサラダ。人の手がかかっていて美味しい。トンカツにかかっている味噌だれもほどよい甘さ。豚肉の脂身を食いちぎりながらご飯を食べる。衣と豚肉がはがれる。

身体が修復のために欲しがっていたのだろう。ぺろりと食べられた。大盛りを食べられたのはいつ以来だろう。

900円のおかげで、幸せになれた。ありがとう。

遠いとこまできたものだ

気分が明るくなって、外を歩いた。蔓延防止も解除され、外には人が賑わっている。水場のベンチに腰を下ろした。

オフィス、ショッピングモール、レストラン街が集積した街。仕事中のサラリーマンと、春に色めき立つ観光客が、喫煙エリアで混合している。

随分と遠くまできたものだ。この選択は正しかったのだろうかと、今でも思うことがある。自分は奥まったパラレルワールドに迷い込んでしまったのではないだろうか。

時間は引き戻せない。この選択をよくしていかなければ。

しあわせ

今日は特別に仕事量が少なかった。仕事場の席は微妙に変わる。今日の隣の人と話して時間を潰していた。

今日の人は愛知から横浜に来た人だった。レゲエが好きらしく、津山にも一度遊びに来たことがあるらしい。

この仕事を終えると、フィリピンに移り住む予定だと話していた。以前にもフィリピンに行って、水が合ったのだと言う。

フィリピンは貧富の差が激しく、横浜のような高層ビルが立ち並ぶ一方、貧しさも横たわっている。

スリが上手なストリートチルドレン。スマホをいじる女性が、バスの中でスマホ強盗にあったこと。警察がグルになって日本人からお金を騙し取ろうとしていること。日本では考えられないような世界の話だった。

「だけど、日本人よりフィリピン人のほうが、幸せに見えるんだよなあ」

この言葉が私の胸に深く突き刺さった。そして、この言葉の意味をよく考えなければいけないと感じた。

満員電車の通勤を見ると、とても共感できる。日本人はフィリピン人よりお金を稼いでいるだろうけど、幸せかどうか。というより、幸せはお金ではない。

私の場合は、ご飯をつくって、大切な人と一緒に食べるだけで幸せだった。たったそれだけのことで、人は幸せなのだと思う。お金や名誉やフォロワーは余計で、私たちは本来の幸せと別の価値観を信じ込まされている。国ごと病に罹っている。

社会が歪んでいるから、普通に生きているだけで、歪んだ考えになってしまう。価値観の押し付け。論破。心ないコメント。大の大人が見えない人を攻撃する。子供にいじめはダメだよ、と大人は言えない。協調や、美しい調和は、どこにいってしまったのだろう。

意識して、人として本来の在り方を探す必要がある。

私はどうだろう。この何ヶ月かは、今倒れたとしても、後悔しないくらいやれたなあ、というまこまではやれた。

幸せなのかなあ。何かに向かっていくことは充実していて、生きている、ということを感じさせてくれる。

味噌カツ2枚たべて幸せにもなる。うまく珈琲が焼ければ嬉しいし、誰かが美味しいと感じてくれれば、最高の幸せだ。

1日、1日。小さな幸せを積み重ねてくくらいでいいんじゃないか。責務感だけで人生の山道を歩いていくだけでなく、笑って過ごすことも大切だ。

横浜駅からの帰り。電車内で明るく話し合う女性が幾人もいた。コロナで、日本中が病から解放されているのではないだろうか。

すくなくとも、価値観がひとつではなくなってきている。

夜、アーマード・ジャマルの『Happy Mood』を聴いた。

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