湘南移住記 第166話 『恋の再出発』

日曜日。穏やかな陽気。ようやく、4月らしい気候になってきた。庭から鶯のさえずりが響き、冬の終わりを告げている。

午前中、息抜きに鎌倉に出かけることにした。そろそろ鎌倉が恋しい。相変わらず私にとって特別な場所だ。

駐輪場

サドルが外れた自転車で、衣笠駅へ。駅の隣にある有料駐輪場は、日曜日は無料で解放されている。

鎌倉へ通勤していた時、この有料駐輪場に自転車を停めていた。毎朝、駐輪場に勤務しているおっちゃん達が「いってらっしゃい」と声をかけてくれていた。その一言で、心が軽くなり、一日に弾みがついたものだった。

人間、たった一言で心が晴れやかになる。だから挨拶は大事だ。

ある時、自転車につけていた鍵を落としてしまった。しかたなく、駐輪場のおっちゃんにペンチを借りて無理やり外した。その時におっちゃん達とはじめて会話することができた。

「年齢をとると、いいことなんてないよ。体も動かなくなってしまって…。」

と、おっちゃん達の1人が話した。自転車の鍵を壊すのを手伝ってくれて、上手く力が入らずにそう感じたらしい。白い息を吐きながら、寂しげに話す表情を、よく覚えている。冬の衣笠駅は、寒風が突き抜けていた。

「そんなことないですよ。人生これからです。」

慰めではなく、私は心からそう答えた。去年、状況の立て直しに苦心していた私は、沈んでも自分次第で立ち上がれることを学んだからだ。老境の心細さを理解できなかったかもしれないだけだが、同調するよりはいいだろう。

「そうかな?」

とおっちゃんは返した。少し笑顔だった。

おっちゃんと言っても、60,70代になる人達が多かった。その年齢で選べる仕事は少ない。

それでも人間は働かなければならない。その年齢の人たちを活かすことはできないかと考えた。

治癒の佐助

衣笠駅から鎌倉駅へ。逗子駅で乗り換え。いつも逗子駅では足留めをくらう。

鎌倉駅へ到着。最後に来たのはいつだったろうか。蔓延防止も解除され、駅には人が賑わっていた。

今日は特に予定は決めていない。長谷の方にある古本屋に寄ってみようかな、とぼんやり想った。

いつものパターンを変えて、駅西口方面へ足を伸ばした。〈たらば書房〉をのぞく。ここは書物のセレクトがよく、回転も早い。

そのまま、諏訪神社のあるトンネルを通り抜ける。左手に鎌倉市役所が見えた。日曜だが、ワクチンの接種で開いていた。要所なので、山側に建てているのだろう。

トンネルを抜けると、佐助という地名の場所だった。地名の由来の貼り紙がしてある。

鎌倉幕府を開いた源頼朝が、伊豆に流され、奇病に罹り、病床に伏せていたとき、老人が夢に出て、「この草を呑めば治る」と告げたそうだ。現実でその草を煎じると頼朝の病は治り、鎌倉幕府を開くことができた。

病が治る、という文章が引っかかった。過去に執着し、現在が疎かになる私の心は、病でもあるのではないか。

治癒が必要なんだろうな。

そのまま道を進んでいくと、ある交差点で右に曲がった。建物の形がいいとおもったからだ。

なぜか心に留まった佐助の建物

さらに進む。静かな住宅街に、人通りがあった。鎌倉には至る所に歴史的建造物があるので、住宅街にも人が通っている。これからオープンするらしいカフェや、くずきりの専門店を見かけた。

人通りに従って歩いて行くと、佐助稲荷が見えてきた。偶然にも、先程の貼り紙に書かれていた場所だった。導かれていたようだった。

佐助稲荷神社は長谷の大仏と銭洗弁財天を結んで真ん中にある。鎌倉の隠れ里とも言われているようだ。

幾重もの朱の鳥居をくぐり抜け、階段を登り、小高い山の中腹にある拝殿へ。観光客の会話から、ここは縁結びの神社のようだった。賽銭を投げ、参拝。商売繁盛と、新しいご縁を祈った。

本殿のさらに奥には、無数の狐の人形が祀られていた。「この狐の人形はどれくらいあるんだろう」と隣にいた夫婦が話している。「全部でいくらになるんでしょうね」と私が合いの手を入れたら、2人は笑ってくれた。写真を撮るのは控えたが、印象的な光景。

おみくじを引いてみた。結果は小吉で、願望はすべて叶うとあった。実際、目標は達成しかけている。時間はかかるが、そういう運を持っている。

恋愛の箇所には、恋愛の再出発とあった。リスタートをする必要がある。新しい恋かあ。

由比ヶ浜

佐助から歩いていると、由比ヶ浜方面に出た。しかも、ちょうど行きたいと思っていた古本屋の前まで出た。ついてる。

路地裏に入り、由比ヶ浜へ。

〈リュミエールドゥベー〉というベーカリーに入る。ジェラードサンドの貼り紙が気になったからだ。店に入ると、女性が店番をしていた。ジェラードサンドではなく、ブルーチーズのパンを頼んだ。店を出る時、奥から「ありがとうございます」と男性の声が聴こえた。夫婦で商売をされているのだな、と直感した。私もいずれ。

淹れた珈琲を水筒に入れてもってきていた。砂浜で、パンを食べながら珈琲を啜る。

来ようと思えば、いつでも鎌倉に来れるようになった。意思が私を横須賀に運んできた。人は住みたい場所に住むことができる。

だけど、もしかしたらまたどこかに行く予感もしている。波のように運命は流動している。

由比ヶ浜から見る稲村ヶ崎は、白く霞んでいた。水着姿の少年が2人、砂遊びをしている。波打際のサーファーがひっくり返るのを見た。

鎌倉の風は今日も優しく、私の心のどこかを修復してくれる。

思えば遠くへきたものだった。流れを恐れず、意思をもって前に進もう。

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